チャプター 5
しかし、ほんの数瞬後、ルーカスは視界の隅に、ローラが苛立ちと傷ついたような表情を浮かべているのを捉えた。本能的に歩み寄って慰めると、彼女の表情は次第に和らいでいった。
彼女は甘えるようにルーカスの手を揺さぶりながら言った。「ルーカス、やっぱりあなたが一番好きよ」
その口調は茶目っ気があり甘ったるく、彼の心を溶かした。
ルーカスは思わず微笑みを浮かべ、手を伸ばしてローラを抱き寄せた。
エミリーがローラよりも美しいことは紛れもない事実だったが、今の彼女はスキャンダルにまみれ、悪評によって台無しになっていた。
どう見ても、もはやエミリーはローラと比べるべくもなかった。
一方その頃、車は人の背丈ほどもある雑草に覆われたでこぼこの未舗装路を三十分ほど揺られ、ようやく廃工場の前で停車した。
「ここは市外れにある工場だ。我々が君をあの地下室から救出して以来、チームは昼夜を問わず現場の調査を続けてきた」
チャールズの表情は険しく、その声は極めて真剣だった。
「あの地下室には、この工場へと直接繋がる隠し通路があったんだ」
これを聞いて、エミリーはショックのあまり目を丸くした。
彼女の記憶は鮮明だった。あの地下室は繁華街からそう遠くない場所にあった。もし地下室からこの郊外の工場まで地下トンネルが延びているとすれば、その距離は膨大なものになる。
しかも、誰にも気づかれずにそれを掘り進めるなんて……。
一体どれほどの大規模な作業が必要になるというのだろうか?
彼女はチャールズと意味深な視線を交わし、思考の海に沈んだ。
その犯罪組織は、彼女が想像していたよりもはるかに巨大で強力なものなのかもしれない。
だが、今はそんなことを心配している場合ではなかった。
エミリーは顔を拭い、乱れた髪を後ろで結んだ。服が汚れるのも構わず、彼女は工場の中に足を踏み入れた。
予想通り、工場の中は空っぽだった。
エミリーは地面にしゃがみ込み、冷静かつ慎重に周囲を観察した。
工場内部の構造は奇妙で、窓が一つもなく、中は真っ暗だった。微かなカビの臭いと、血の金属的な匂いが空気に漂っていた。
その馴染みのある匂いを再び嗅ぎつけ、エミリーは指先で埃をこすり合わせた。彼女の疑念は確信に変わった。
「おそらくここも、あの組織が人々を監禁するために使っていた場所ね。血の匂いがまだ完全に消えていないということは、彼らがここから全員を移動させたのはごく最近のことだわ」
地下室が明るみに出た以上、ここも隠し通せるはずがなかった。
「この事件が公になった今、彼らが危険を冒して堂々と人質を街中へ戻すような真似は絶対にしないはずよ」
エミリーは目を閉じ、何か役立つ情報はないかと必死に記憶を探った。
数秒後、彼女は地面の黒ずんだ血痕をじっと見つめ、近くの乾いた土から数匹のアリが這い出してくるのにふと気がついた。
アリの動きを目で追ううち、突然名案が閃いた。
『そうだわ、アリよ!』
エミリーは胸を高鳴らせながら素早くズボンの土を払い、立ち上がった。そして、反対側で手がかりを探していたチャールズのもとへ駆け寄った。
「わかったわ!」
喉が詰まるような感覚を覚えながらも、彼女は興奮を抑えきれなかった。
「身を潜めるなら、彼らは絶対に長期の潜伏に適した場所を探すはず。十分な食料と水が確保できる場所よ」
エミリーはためらうことなく言葉を続けた。「私、一度隅っこにアリがたくさんいる場所に連れて行かれたことがあるの。アリの群れがいる場所には、絶対に何か甘いものが置いてあるはずだわ」
甘い食べ物がある広大な空間。
これまでの犯罪組織の拠点選びの傾向からして、それは工場である可能性が高かった。
チャールズは事態を理解し、険しかった眉を和らげた。
その時、彼のポケットの中でスマートフォンが振動した。彼は素早くそれを取り出した。
捜査チームからのメッセージだった。
【我々のチームも手がかりを発見しました】
彼らはすでに、人目を忍んで人間を監禁できそうな郊外の工場へと捜査の的を絞っていた。そして今、その推測はエミリーの得た手がかりと見事に符合した。
チャールズは送られてきたメッセージに素早く目を通し、ある一行に視線を縫いつけた。
それはかつて中心街で操業していたものの、資金難により十年前に市外れへと移転した砂糖加工工場だった。
その場所は完全な郊外というわけではなかったが、周囲から完全に孤立しており、犯罪組織の隠れ家とするにはうってつけだった。
所在地を確認するや否や、二人は一秒たりとも無駄にはしなかった。すぐさま駆け出し、車へと飛び乗る。
一時間足らずで、カーナビが目的地への到着を告げた。チャールズは支給された拳銃の点検を済ませる。
二人が車を降りるのとほぼ同時に、後方からパトカーが次々と到着した。チャールズは車から降りてきた同僚たちに短く頷き、自ら先頭に立って工場へと足を踏み入れた。
護身の術を持たないエミリーはチャールズの数歩後ろにつき、周囲に鋭い警戒の目を向けながら慎重に歩を進めた。
その工場は、どこにでもあるありふれた工場と何ら変わりないように見えた。
時代遅れの外観に、赤錆の浮いた金属製の看板。「砂糖」「加工」という文字が辛うじて読み取れる程度だ。
チャールズは拳銃を抜き放ち、いつでも撃てるよう前方へ構えたまま、チームを率いて慎重に内部へと潜入した。
工場内は薄暗く、完全に無人であるかのように静まり返っていた。
二列に並んだ巨大な棚には埃を被った砂糖の袋が積まれており、いくつか破れかけた袋からは、わずかに黄ばんだ砂糖が床へとこぼれ落ちている。
チャールズのブーツが板張りの床を鳴らした。その途端、彼はぴたりと足を止め、足元の床板を訝しげに見下ろした。
「反響音がおかしい」彼はぽつりと呟いた。
エミリーの後ろに控えていた警官の一人がその言葉を耳ざとく拾い、前に進み出ると、ナイフを使って床板の継ぎ目をこじ開けにかかった。
ギッという鈍い軋み音とともに板が持ち上がり、その下からぽっかりと空いた空間が姿を現す。
この変哲もない工場には、地下室が隠されていたのだ。
チャールズは床板を完全に外し、懐中電灯で階段を照らし出しながら地下へと降りていく。エミリーもその後に続いた。
地下室には埃が充満していた。チャールズがライトを頼りにさらに奥へと進んだ時、視界の隅で地面から突き出た何かの影を捉えた。
ライトを掲げてその正体を照らし出した瞬間――チャールズは息を呑み、その瞳孔を限界まで収縮させた。
エミリーも同じ方向へと視線をやり、その表情を硬直させた。
体の脇に下ろした両手は無意識のうちに固く握りしめられ、ギリッと奥歯を噛み締める。彼女の瞳には、抑えきれない怒りの炎が揺らめいていた。
薄汚れた床の上には、足の踏み場もないほど無数の人々が横たわっていたのだ。
そのほとんどが虫の息で、自力で動ける者など皆無に等しい。一目見ただけでは、一体何人が生存しているのかさえ判別がつかない有様だった。
「あいつら……!人間の皮を被った獣以下のクズよ!」
立てた爪が手のひらに深く食い込み血が滲むが、エミリーはその痛みにすら気がついていない。
「早く、みんなを助け出して!」
チャールズは必死に冷静さを保とうとしながら、前に飛び出しつつ部下たちへ大声で指示を飛ばした。
それを合図に、後方に控えていた警官たちも一斉に動き出す。
だが、誰の目にも留まらない部屋の片隅で、赤い光がゆっくりと明滅していた。
それは、死へのカウントダウン。
「待って、爆弾が!」
エミリーは我が目を疑った。その部屋の隅を瞬きひとつせずに見つめながら、反射的に警告の声を上げる。
カラカラに乾いた掠れ声とともに、彼女はすぐさま腕を伸ばし、隅の床に微動だにせず横たわる人影を指差した。
その人物の背中には、爆弾が固く縛り付けられていたのだ。
同時に、チャールズも即座に反応した。被害者の一人の腕に手をかけたまま、その動きをぴたりと止める。
彼は咄嗟に手を伸ばし、素早くその人物の身体を裏返した。案の定、その背中にも爆発物が無残に縛り付けられているのが見えた。
ここに横たわる全員の背中に、爆弾が括り付けられていたのだ。
爆発物の電子ディスプレイから、極めて微かなカウントダウンの電子音が漏れ聞こえてくる。
「五――四――三……」
